最速の昇進を経て、慣れ親しんだ地元企業を去った理由
濵村さんは現在、熊本エリアの担当として最前線で活躍されていますが、ディップに入社される前は、地元・熊本の老舗企業にいらっしゃったんですよね。
はい。熊本に本社がある医薬品卸の会社で、病院や薬局を回るルート営業をやっていました。勤務地は鹿児島営業所だったので、当時は今以上に鹿児島弁バリバリで現場を走り回っていましたね。
医薬品卸というと非常に堅実な業界のイメージですが、実際はどのような環境だったのでしょうか?
非常に規律が厳しく、良くも悪くも「伝統的な年功序列」が徹底された環境でした。例えば、等級を一つ上げるのに、普通は7年、8年かかるのが当たり前。どれだけ売っても、どれだけ顧客から信頼されても、評価のスピードは一律なんです。30代半ばの先輩たちが並んでいる中に、若手が入り込む余地はなかなか見当たらない、そんな世界でした。
成果を出してもすぐに形にならないというのは、もどかしさもあったのではないでしょうか。
もちろんありました。ただ、そこで腐るのではなく、むしろ「この厳しい環境で認められたら本物だ」と考えていました。辞める時に「濵村は凄かったな」と誰もが認める爪痕を残してやろうと。だから、誰よりも早く出社して準備をして、誰よりも顧客の懐に飛び込みました。ルート営業は単にモノを届けるだけじゃなく、究極の「人間力」勝負。鹿児島のお客さまに可愛がってもらうために、泥臭い関係構築を徹底しました。
その結果、支店史上最速での昇進を勝ち取られたわけですね。
厳密には3年半でした。25歳でその役職に就いたのは支店の歴史でも初めてだったそうで、可愛がってくれた先輩や上司には今も感謝しています。ただ、その景色を見た瞬間、「ここで学べることはやりきった。次はもっと自分の力がダイレクトに評価される舞台に挑戦したい」と強く思うようになったんです。お世話になった方々への義理を通すために、引き継ぎも完璧にこなし、納得感を持って次のステップへ進みました。
非常に義理堅いですね。でも、そこまで積み上げたキャリアを置いて、なぜ次の一歩にディップを選んだのですか?
自分の実力がどこまで通用するのか、より実力主義の舞台で試したかったんです。最初は有名タレントの方がCMをやっている会社だっていうのがきっかけでしたが、、、(笑)。でも、コロナ禍でも攻めの姿勢を崩さない企業の底力を感じましたし、知名度があるなら、ここから絶対に市場を獲りに行けるはずだと。自分の「足腰」がどこまで通用するか、挑戦したかったんです。
「試行錯誤」の時期と、お客さまからの意外な一言
前職で着実に実績を積まれてきた中での挑戦でしたが、ディップの「新規開拓」という壁は高かったですか?
高かったですね、見事に鼻をへし折られました(笑)。前職のルート営業は、行けば必ず話を聞いてもらえる。でもディップは、まずお会いするための「テレアポ」が必要です。僕はその経験がゼロでしたから、入社して最初の2週間ほどは、新しい営業スタイルを自分のものにするための試行錯誤が続きました。正直に言えば、アポイントがなかなか形にならないもどかしい時期もありましたね。
営業経験者としては、早く結果を出したい分、もどかしさを感じる期間ですよね。
焦りましたね。当時は福岡オフィスにいたのですが、福岡オフィスって、誰かがアポを取ると「うおー!すごい!」ってみんなで拍手して盛り上がる文化だったんです。その輪の中で、自分だけが手応えを掴みきれずにいる。同期が初日にアポを決める横で、「自分は何をやってるんだろう」と。恥ずかしくて、情けなくて、、、。そんな時、あるお客さまから言われたんです。
お客さまから、ですか?
「濵村さん、あなたは今、すごく焦っているでしょう。それは電話越しでも伝わるから」って。その一言で、ハッとしました。自分は数字を追うあまり、目の前の相手と向き合うという、営業として一番大切なことを忘れていたんだと気づかされました。

成長の原動力は、他人ではなく「昨日の自分」との闘い
その焦りを、どうやって乗り越えていったのでしょうか。
結局、「人と戦うのをやめる」ことにしたんです。中途で入るとどうしても周りと比べがちですが、それだと焦りが空回りするだけ。そうではなくて、昨日の自分より一歩でも前に進めているか、そこに集中するようにしました。
具体的には、どのような意識の変化があったのですか?
本当に小さな積み重ねです。例えば、前日のコール数が40件だったら、今日は41件を目指す。昨日の自分に1点でも勝ち続ける。そうやって自分との闘いに没頭しているうちに、不思議と質もついてきたんです。「数やらなければ、質を語れない」。これが僕の結論でした。圧倒的な量をこなしながら、一件一件の対話を大切にする。そうして接点を増やしていくうちに、ふと気づいたんです。「これ、結局は前職のルート営業で大切にしていたことと同じじゃないか?」って。
介在価値の証明。新規開拓の「その先」に見えた景色
壁を乗り越えて、自分なりの営業スタイルを確立された後、濵村さんの中にどんな変化がありましたか?
やはり単に「受注して終わり」ではなく、自分の提案でお客さまの事業が動き出す手応えを、より鮮明に感じるようになりました。例えば、以前は「人が足りない」と言っていた飲食店の方が、僕の提案で採用が決まり、お店が活気を取り戻していく。そのオーナーさんから「濵村さんに頼んでよかった」と直接言っていただける。ルート営業時代よりも、自分の介在価値をダイレクトに実感できる場面が増えました。
まさに「新規のルート営業化」によって、深い信頼関係を築けている証拠ですね。
はい。それに、今は熊本エリアの開拓という大きなミッションを背負っています。去年までは福岡から始発で熊本へ通い、文字通り汗を流して今の拠点の土台を作ってきました。でも、その結果として熊本に新しいオフィスができ、チームの仲間が増えていく。自分の頑張りが「熊本の雇用を創る」という形になって目の前に現れるのは、前職では味わえなかった醍醐味ですね。
去年まで福岡から通われていた半年間、そのモチベーションを支えていたのは何だったのでしょうか?
自分が熊本のマーケットを切り拓くことで、今までディップとの接点がなかった企業様が救われ、働きたい人が仕事を見つけられる。その循環の「第一歩」を自分が創っているんだという自負ですね。今は拠点もでき、課長をはじめ尊敬できる上司や仲間に囲まれていますが、常に自分に言い聞かせているのは「言葉遣いや姿勢、一つひとつを誠実にやろう」ということです。信頼は、そうした細部に宿るものですから。

自分の「足腰」がもっと高く評価される場所へ
今、この記事を読んでいる方の中には、かつての濵村さんのように「結果は出しているけれど、今の環境に違和感がある」という営業職の方も多いと思います。
「今の会社でちゃんとやってきた」という自負があるなら、その武器を腐らせないでほしいです。環境が変わるだけで、自分が磨いてきた「足腰」を、正当な評価という形で受け取れる場所が外の世界にはあります。
濵村さん自身、その一歩を踏み出して良かったと感じていらっしゃいますか。
もちろんです。最初こそ試行錯誤はありましたけど(笑)、それを乗り越えたからこそ、今は自分の選択に自信を持てます。毎日、昨日の自分を超えているか点検しながら仕事をするのは、ワクワク感がありますね。それに、自分が介在することで誰かの役に立ち、それが拠点開設という形で街の景色まで変えていく。このやりがいは、一歩踏み出したからこそ手にできたものです。
熊本エリアでのさらなる飛躍、私も楽しみにしています!今日はありがとうございました。
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